私たちを動かすもの――日常生活を支え、生活の質を向上させてくれる化学の役割についてシリーズでご紹介してまいります。
化学――私たちが日々の生活の中で、その存在を意識することはほとんどないかもしれません。しかし身近な物事に目を向けてみると、それらが当たり前に期待通りの結果を生み出し続けられるのは、化学的なプロセスを経ている事がわかります。
飲料水、チーズ、クリスマスの焼き菓子に共通している物は何でしょう。
美味しい水への期待
生命の源泉である水。手を洗う時も、シャワーを浴びる時も、のどの渇きを潤す時も、蛇口に手を伸ばすのはごく自然なことです。ドイツ人は1日平均126リットルの水を消費しています。これは、バスタブ1杯分に相当します。連邦環境省による近年の研究で、ドイツの水道水はペットボトルの水と同程度の純度であることが証明されており、きれいな水に恵まれたドイツの人は、飲料水の品質について心配する必要がありません。水の浄化に化学の利用が不可欠であることは明らかです。消費者は、水から有害物質を取り除くために欠かせない、化学的および非化学的なプロセスに大きな信頼を寄せています。
日本の水道水もまた、「水道法」で定められる厳しい水質基準に従い供給されているため、人々は蛇口から安全な水を飲むことができます。
水処理方法の1つ、イオン交換樹脂吸着
イオン交換樹脂
イオン交換体は主に、水の軟化、脱塩、脱炭素に使用されます。陽イオンと陰イオンを取り込み、それらと同等量のその他イオンを供給することができ、交換されたイオンの電荷によって、カチオン交換体(正電荷を持つイオン)とアニオン交換体(負電荷を持つイオン)が区別されます。官能基を有するアクリル樹脂やポリスチレン樹脂が交換物質として機能します。そして、これらの交換樹脂は再生成が可能です。カチオン交換体は酸性溶液を、アニオン交換体はアルカリ溶液を用いて流されます。これで、事実上、水がリサイクルされていることになり、工業設備における真水の使用量が劇的に削減されます。つまり、イオン交換樹脂吸着は節水にも役立っているのです。この手順を経ることによって、重金属、およびヒ素、フッ化物、硫酸塩、リン酸塩を含む不純物など、有毒な微量汚染物質を取り除くことができます。イオン交換樹脂吸着の代替手段として用いられる活性炭素吸着の場合は、色や臭い、味といった、有機物成分も水から除去する必要があります。
世界最大のイオン交換樹脂製造プラントは、ザクセン・アンハルト州、ビターフェルドにあります。この場所で1936年から樹脂が製造されています。ランクセスは、2011年から高効率の膜ろ過製品の開発をおこなっており、主に工業用として、汽水および排水の脱塩に利用されています。「残念なことに、水に含まれる有毒物質の数は、上昇し続けています。調査によると、危険物質を迅速に取り除くことのできる、より専門的な方法の開発が求められています」と、ランクセスの液体高純化テクノロジーズビジネスユニットのグローバル責任者は述べています。
人間は習慣の生き物である:この事実に対応する産業
純水が人間が生きるために必要不可欠なものであることは疑いようもありません。ドイツやヨーロッパ諸国の多くの国では、飲用水に対して高い品質が期待されています。それでは、その他の毎日の食事についてはどうでしょう。人々はやはり、品質と楽しい時間を優先事項として挙げています。それにもかかわらず、人間は食生活に関して習慣の生き物です。流行が変化するか、友人や知人がその改善の可能性を示唆しない限り、慣れ親しんだ食べ物の原料や製造方法に疑問を抱くことはほとんどありません。食品業界は、高い品質基準と食事に関する消費者の最新需要に応えるため、日々挑戦を続けています。
最近の消費者調査によれば、現在の食品には、健康的で調理しやすいことが求められています。しかし、調理しやすい調理済み加工食品に鮮度を求めるのは難しく、それを実現するためには、化学薬品の使用が避けられません。健康への影響を懸念される方もいるかもしれませんが、食品の製造過程で使用される化学物質は、厳格に規制されているため、化学薬品を使用することは全く問題ありません。また、化学物質は製造過程で非常に実用的な機能を果たし、行程中に分解されるため、最終製品の中には残らないのです。
添加物は人々が思うほど悪いものではない
例えば、硫酸は添加物として、自然な製造工程をサポートしています。硫酸はタンパク質と炭水化物の構造を変化させ、分解することができるため、チーズ製造の補助的技術として、食品業界で使用されています。硫酸を使用すると、生乳中のタンパク質や脂質といった固形物質を、水分と分離することができます。硫酸は工程の中で分解され、最終製品の中に残ることはありません。添加物不使用の食品は自然でより健康的であるという考え方も理解できますが、残念ながら、論理が飛躍し過ぎている場合が少なくありません。添加物は、人工物という広範囲の用語に含まれるからといって、必ずしも悪いものではないのです。
添加物の使用は厳格に規制されています。欧州食品安全機構(European Food Safety Authority)は、食品添加物に危険性がないかを監視しています。安全が確認された添加物だけが市場に並びます。ランクセスは100年以上にわたり、レバクーゼン拠点で硫酸を製造しています。数年前からは、食品用途に適合する品質で製造を行っています。このため、特殊化学製品グループは、詳細なリスク調査HACCP(ハサップ)によって、人体に危険な影響が及ばないことを確認しています。製造工程は1つの例であり、同様に厳格な衛生規制を輸送にも適用しています。運送会社には食品安全証明を求め、タンカーは食品用途に限ったものとし、内容物は密閉する必要があります。
硫酸
• 化学式:H2SO4
• 密度:1.84 g/cm3
• 沸点:335C
• 形状:液体
砂糖抜きのクリスマスの焼き菓子?それでは味気ないでしょう
イオン交換樹脂に話を戻しましょう。イオン交換樹脂は、食品製造にも利用され、砂糖を白く、より甘くしてくれます。ウェディングクッキーのグレーズが、純粋な白ではなく茶色だとしたら、ウェディングクッキーのお皿は暗い雰囲気になってしまいますよね。実際、茶色のグレーズは、より自然に近いものなのですが、茶色のアイシングがかかったウェディングクッキーを想像できますか?「目で楽しむ」というように、私たちは見た目も楽しんでいます。ですから、伝統的な場面での茶色いアイシングは考えられませんね。そのうえ、クッキーはあまり甘くなりません。なぜなら、イオン交換を行わなければ、塩分、酸、タンパク質を粗糖から取り除くことができないからです。
イオン交換樹脂
• ポリスチレン樹脂、ゲル樹脂
• 官能基:スルホン酸
• 耐熱温度:最高120C
• 粒子形状:球体、0.3~1.2 mm
• これにより砂糖が白く、甘くなります。
原料の汁から甘い砂糖を精製する過程では、まず、てん菜やサトウキビの抽出物に石灰乳と生石灰を添加し、次に炭酸ガスを吹き込み、黄みがかった茶色の液体を精製します。そして、この色の濃い液体を、脱塩または軟化させるためにイオン交換樹脂に通すと、薄い黄色の透明な液体が生成されます。これを蒸発器で濃縮し、次にイオン交換によって脱色し、結晶化させると、最高品質の純粋な白糖と呼ばれる精製糖ができあがります。このように、イオン交換樹脂は、食品の品質を作り出すために欠かせない技術なのです。
チューインガムの原料は合成ゴムで、メントールの味を付けるペパーミントの枝は、そのために特別に加工されている訳ではありません。息をすっきりさせたいと考えている人が、必ずしもこれらの事実を認識してガムを口にしている訳ではありません。しかし、その爽快感がなければ、ガムを噛みたいと思う人はいるでしょうか?
